季節ごとの旅
季節の区分は人それぞれあると思いますが、僕の基準では3,4,5月が春、6月がまあ夏と梅雨、7,8,9が夏、10,11が秋、12,1,2が冬だと思っていて、このブログの記事のカテゴリーもそれに沿って春夏秋冬つけています。
さて、春夏秋冬季節が違えばそれに合わせて旅の目的や内容も違ってくるものです。
そこで僕が思う季節ごとの旅を紹介してみようと思います。まずは春、梅雨、夏から。
春は新しい暮らしの始まる季節です。
初めて出会う人々に期待と一抹の不安を抱きながら、待ち望んだ長い冬の終わりとうららかな春の訪れ、そしてこれから始まる数々の旅の始まりを、三月の雪解け若葉芽吹く山々、四月に満開の桜舞い散る河川敷、五月の南風吹き抜ける五月晴れの海が告げてくれます。
この時期の旅は何かしら新しいことが多いです。
僕の場合それは移動手段が特に顕著で思い返せば、初めて自転車で自分の住んでいた県を超えた時も、初めて輪行をした時も、初めてバイクに乗ったときも、全部春でした。
イカれたバイク仲間のTくんと初めて中型バイクツーリングに行ったのも三月でした。
僕にとって春は新しい旅の相棒と出会い、冬の間行けなかったところへ新たな相棒と一緒に旅立つ季節と言えます。
梅雨は長く降り続く雨の中、ほんのわずかな晴れ間を狙って旅に出ます。
いのちを燃やして無数の煌めきを生み出すホタル、雨上がりの空の下で雨のしずくを湛える色とりどりの紫陽花など、この時期にしか見れないものはたくさんあります。そしてときたま感じるほんのわずかな夏のにおいに胸を膨らませながら来たる夏に備えて、大冒険の夢を梅雨空の下で思い描きます。
僕の移動手段は今のところバイクのみですが、梅雨でもあんまり関係ないですね。雨の中バイクにまたがって蛍とか紫陽花を見に行ったりします。とはいえ、大雨の中野宿するのは僕もそんなに好きではないので5月に比べると日帰りの旅行が多かったりします。
この頃になると新しい生活にも慣れてきて新しい友人を誘って旅行に行ったりします。
待ちに待った夏の季節、僕の一番好きな季節です。
七月はぼろっちい教室でテストとレポートに追われながら、窓の外の青空に浮かぶ雲を見て気を紛らわし、八月と九月はもう大冒険です。いやマジで。
今僕は大学生なのですが、七月の中盤からレポートや期末テストでてんやわんやの状態になるので、この時ばかりはしばらく旅はお休みです。何とか留年の危機を乗り越えるといよいよ待ち望んだ夏休みです。
夏の冒険はほかの時期ではありえないくらい無茶なことをしますね。いやもう計画性とか一切ありません。もう暴力的なまでの衝動に駆られて旅をします。気が付けば九州で阿蘇の牛と戯れたり、四国一周ついでにしまなみ海道を駆け抜けて尾道でラーメン食ってたりします。基本的に夏以外の季節では安全面だったり私生活の予定だったりに合わせて、予定を決めて旅に出る(一部例外あり)のですが、夏ばっかりはもう自分でも手の付けようがないです。
だって夏休みで学校もなければ宿題もない、おまけに晴れ渡った空がいつまでも続く天気とくればもうどうしようもありませんよね?
旅に出たいと思った瞬間にはもうすでに旅に出ちゃっているんです。
それはもうプロシュートの兄貴ばりの行動力で日本全国駆けまわります。
ただひたすらに青空の下、まだ見たことのない景色を求めて旅をします。ほぼ毎日旅に出てこれでもかというほどいろんな場所に行っても夏が終われば、まだいきたかった、見たかった景色や場所が山ほど残ってしまいます。
上の区分で言えば夏は長い季節のはずなのに
体感時間としては四季の中で最も短い季節、それが夏です。大体夏の終わり際にあの場所行っとけばよかったなあと後悔しなかったことはありません。
でも、ふと気が付くとそのいきたかった所と同じくらいたくさんの思い出と写真が手元に残っています。
初めて見る景色にどうしようもなくワクワクした思い出、友達と無茶して喉がかれるくらい笑いあった思い出が多いほど、夏が終わってしまうのがたまらなく寂しい物になってしまいます。かといって何もせずただぼんやり過ごすのは僕は耐えきれないです。ありきたりな表現ですが
夏は一度きりです。同じ夏は二度と来ることはありません。
僕このキャラクターめちゃくちゃ好きなんですよ。こんなふうに旅に誘ってくれる友達がいたらいいのに。
僕は一度きりの夏をただなーんにもせず過ごすくらいならば、無くしてしまった大事な宝物を必死に探す子供の様に死に物狂いで旅をして、数え切れない後悔と数え切れない思い出を作って夏を終える方がいいとずっと思ってます。一度きりの夏はもう二度と来ることはありません。
でも季節は廻りまわるもので、紅葉を眺め、雪を踏みしめ、桜吹雪をくぐり抜ければ、また夏はやってきます。今年もそろそろ夏が来ます。今年もバカみたいに日本中を走り回って、アホみたいな思い出をたくさん作れたら僕はとてもうれしいです。そうして夏を終えてたくさんの思い出や、やり残したことを噛みしめながら、また夏を待ちわびている事でしょう。
まったく、思い出を残せば残すほど別れがつらくなるのは大切な人が死ぬ時と夏が終わる時くらいのもんですね。
夏の記憶を思い出すのはいつだって夏が終わってからでした。たぶんこれからも。