日本を一周した感想

タイトルの通りです。

それ以上でもそれ以下でもありません。

前の記事でも書いた通り別段日本一周がしたいわけではなかったんですが、

日本中の景色をこの目に収めたいというこの上なく曖昧かつ定義が不明瞭な野望に一区切りつけるという意味ではこの日本一周という単語がまあ適当だろうと考えています。

 

 

本題の感想ですが、

まあそれなりに楽しかったですね。いろいろ面白いものが見て回れたんで、いやあ日本は広いですね。

 

 

いやマジでこれだけですよ?別に人生感が変わるほどの劇的な成長を自分自身遂げたとも思ってませんし、テレビでよくあるお涙頂戴的な感動のワンシーンもありません。

日本一周に向けて最後のピースを埋める今回の旅でも僕は、僕自身では全くいつも通りにバイクに乗って、いつも通りにシャッターを切って、いつもの通りに見たこともない景色に出会ってきたつもりです。

 

そんな自分勝手で自由気ままな一人旅を続けてかれこれ9年目ですかね。

元々自分を旅に連れて行ってくれる人がいなくなって仕方なしに始めた一人旅なもんで、要するにそれは自分の退屈な日々にいくらかの刺激を与えるためだけの独りよがりの偏屈な趣味でした。

そんなもんだから別に旅先で撮った写真を誰かにひけらかすわけでもなく、武勇伝と呼ぶには程遠い旅の思い出を誰かに話すわけでもなく、ただ僕自身の非日常的な思い出としてハードディスクと記憶の中にしまい込むのが当たり前でした。

 

 

それがいつからなんでしょうね、旅先で自分が見た風景をあの人やこの人にも見せてやりたいと思うようになったのは。

いつから旅先で起こった事を友人や家族に聞いてほしいと思うようになったんでしょうか。

旅先でお土産を買うときに渡したい相手の顔が思い浮かぶ様になったのはいつから?

異邦の地で迎える夜に友人からかかってくる生存確認の電話がこの上なくうれしく感じるのはいつから?

旅がいよいよ終わりを迎える時、それまでの旅の出来事を思い返すよりも僕の帰りを待ってくれる人の事を考える時間が多くなったのは全くいつからなんでしょうかね。

 

自分の事のクセして考えてもあんまりよくわかんなかったんで今まで深く考えてませんでした。

気分屋で捻くれ者の俺の事だからその時たまたまセンチメンタルな気分だったんだろう、たまたまその時仲がよかっただけでしばらくすればどうせ他人に戻るだろうと。

半ば自分を言いくるめるようにそうやって誤魔化してたような気もします。

 

 

多分いい加減にそれがめんどくさくなったんでしょうね。なんてことはない話で、半端者の自分には天邪鬼を貫き通す事すら無理な話ってだけでした。

 

自分の撮った写真を褒めてもらえるのはそりゃ誰だって嬉しいもんでしょう。

気心の知れた友人と一緒に見る景色が見慣れた景色だろうが天気が悪かろうがどうだってよくて、ただ一時の日常を他人と共有することで何でも楽しく見える事くらい小学生だって知ってる事です。

旅先で一人孤独な夜に聞きなれたやつらの声を聴いて故郷が懐かしく思えるのなんて至極当たり前の事でしょう。

 

 

そんな当たり前の事を今までおれは認めようともしませんでした。

孤独が好きだなんだと嘯いては周りの人たちを見て見ぬふりをして、自己満足の世界に浸っていることを良しとしていました。でもそこにあるのは自分の価値観だけで作られた尺度でしか図ることのできないちっぽけな幸せと虚無感だけでした。

人間の感情というものは得てして相対的なもので、自分一人で生み出せる幸福や悲劇には限度があるもんです。

そりゃあ他人と関わらずに自分の世界だけで生きていれば感情の基準となるのは自分の経験と価値観だけで、それは得てしてコントロールも容易く自分の思い通りに喜びも悲しみも取り捨て選択できるってもんです。

 

 

そういう生き方を今までしてきたつもりでした、そういう趣味で他人と関わらずに自分の価値観だけで生きていこうとしていました。

でもまあ無理でしたね。こんな変わり者のおれに不思議と仲良くしてくれる変わり者がいるお陰でいつの間にか一人でいることを退屈だと思うようになってしまいました。

自分の価値観に従ってひたすら絶対的な幸せを求める生き方と、他人との関わりを持って相対的な幸せを模索する生き方。どちらが楽なのか、どちらが人生楽しく生きていけるのかは未だにわからないまんまです。

 

 

ただそれでも、少なくとも今は自分の旅を通して見えたものを限られた友人たちにだけは知ってほしい、それが今の俺にとっての幸せだとは思っています。

まあこれも言ってしまえば独りよがりな付き合い方で、僕自身がその対価に見合った何かを彼らに提供できているかどうかは甚だ疑問ですが。

 

大学に入って初めて出来た僕の親友が言うには、僕は一夏の旅を終えるごとになんかしらいい方向に変わっていると言います。

未だに僕にはその言葉があんまり理解できていません。別段旅を通して自分自身いい方向に変わろうとする意志も特に持ち合わせてないもんで、旅に出る目的はいつだって自分の見たことのない景色が見たいからでした。

 今回の旅にしたっていつも通り自由気ままに走り回ってそれでおしまいのはずでした。

なのにどういうわけか、旅を終えても物足りないんですよね。消化不良というかなんというか。

旅を終えて実家で食べ飽きたはずの母の手料理を食べて、久しぶりに会う友人達にお土産を押し付けて、またいつも通りの日常に戻った時、ようやく旅が終わった気がしました。

 

 

タイトルに戻りますが、日本一周の感想はほんとにこれといって特別なもんはないですね。いつも通り景色を見て、いつも通りよくわからないハプニングに出くわして、そしてまたいつも通りの日常に何事もなかったかのように戻ってきました。

 

まあ強いて言うことがあるとすれば、日本一周するよりも今の日常の方がよっぽど楽しいって事くらいですかね。

幸せだとか自分の居場所だとかそういうあやふやで不明瞭なものを探して日本中駆けずり回った結果、そういうのは意外と近くにありました。

見慣れた景色、見慣れた人々、そんな何気ない当たり前の事に囲まれた日々が少なくとも今の僕にとっては日本一周で見つけた、一番見たかった風景だと思ってます。

 

 

わざわざ日本一周しないとこんな簡単なことに気づけない当たり、僕もまだまだ未熟な半端者ですね。