大長編ツーリングin九州 二日目

人生初九州で迎える最初の朝です。

旅に出たときは自然に日の出とともに目が覚めるので楽ですね。たぶん野宿してる時が一番健康的な生活送ってる自信があります。人間たまには大自然の下で暮らした方が健康になるもんですよ。心身ともに。

 

 

湯布院からは県道11号線 通称「山なみハイウェイ」と呼ばれる道を通って阿蘇に向かいます。初めて阿蘇に行くときは絶対にこの道を通るべきと言われているくらい景色が素晴らしい道で、僕が九州に行くきっかけになった写真もここの写真でした。

 

まあ見ての通り震災の影響であちこち通行止めになってましたね。

 

自分が行ったときは震災から半年ほどたっておりメディアでも震災関係の報道がされなくなった時期で、自分自身頭の片隅には震災の影響なんかも考えてはいましたが、まさかここまでとは思いませんでした。

この後も幾度も震災の爪痕に出くわしましたし、余震にも幾度か襲われました。

テレビのニュースで聞くのと実際に訪れて自分の目で見るとなかなかにショックでしたね。世の中の大半の事は自分自身で体験しないとなかなかわからない物ですね。

 

ところどころ崩落を乗り越えてバイクは一路阿蘇へとひた走ります。

 

やっぱり平地が多いこともあって大規模な農園がちらほら見えました。四国ではなかなか見れない景色で、なんだか異世界に来た気分がしました。実際土地が違えば、景色はもちろんの事、空気やそこに住む人々も何もかもが違うもんです。

 

しばらく走っていると突然大きく開けた場所に出ました。長者原と呼ばれる地域で、阿蘇に隣接する九重山地の裾野です。ここを突き抜け久住山の牧野峠を越えると目的の阿蘇平野にたどり着きます。

 

 

 

ここの景色が僕が香川の実家で見た、九州に行くきっかけになった景色ですね。

 

一面に広がる草原をそびえたつ九重の山々に向かって突き抜けていく一本道はもう普通に走ってるだけで本当に涙が出ました。

夢にまで見た恋い焦がれた景色の中に今自分が立っていることがたまらなく幸せで、もう心の底から生きててよかったなあって思いましたね。

しかしいつまでも立ち止まっているわけにはいきません。この山を越えていけば一面の阿蘇の景色が待っています。一つ夢を叶えればまた次の夢に向かって進まなければなりません。

少しばかりの名残惜しさを振り切るようにアクセルを回すとエンジンは唸りを上げて1300mの峠を駆け上ります。

 

牧ノ戸峠は大分から阿蘇に入る際の関所で、また九重連山を登る登山客のスタート地点の一つでもあります。標高は高いものの、そもそも長者原阿蘇などこの辺り一帯がかなり標高の高い地域で、そんなに登った感覚はありませんでした。夏場は程よい気温で草原を吹き上がってくる風が心地よく感じられますが、五月あたりだと結構、いやだいぶクソ寒かったんで、多少上着があったほうがいいかもしれません。

この峠を越えれば視界に飛び込んでくるのは一面の草っ原と青空のかなたに浮かぶ入道雲。

標高1300メートルからスカイラインを一気に滑り降りていきます。

 

 

峠を降りるとなんか変なオブジェが出迎えてくれました。最初に行ったときは結構面喰いましたね。たぶん牧場か何かだとは思うんですが、なかなか面白い場所でした。

 

この辺まで来ると流石ツーリングの聖地と呼ばれているだけあってかなり走りごたえのある、爽快感に満ち溢れた景色と一本道が続いています。

 

いや四国じゃ見たことなかったですね、もうどこまでも自由な世界というか。

青すぎる空と緑の草原が見渡す限りに広がっていました。時々すれ違うバイク乗りは手を高く振り上げて挨拶してくれます。名前も顔も知らない他人、でも同じバイクという乗り物にのって今この瞬間を共有している。そんな気がしました。

 

一路ミルクロードを走ると城山展望台という場所につきます。ここから眼前に広がる阿蘇カルデラの内部、阿蘇の中心部へと降りていきます。

 

 

中心部は主に水田と市街地で成り立っており、ところどころに温泉があるのどかな田舎町でした。

 

 

朝からぶっ続けで飛ばしてきてそろそろ一休み入れようと思い、道の駅阿蘇へ。

外輪山に囲まれた阿蘇の町は主に阿蘇山の北部と南部に別れており、その二つの地域をどんとそびえ立つ阿蘇五岳が隔てている形となっています。ここ道の駅阿蘇はその北側の中心部に位置し、阿蘇一帯の観光情報などは大体ここに来れば知る事が出来ます。くまモンコーナーがあってああ熊本に来たんだなあという実感を改めて感じました。

 

くまモン大好きなんですよね。

このすべてをナメきった顔とフォルムがたまらなく癒されます。

 

中心部に何か面白い物は無いかと調べているとここからすぐ近くに阿蘇神社という阿蘇山を祀る神社があるので行ってみることに。

境内にある神殿や楼門など計六棟の建物が重要文化財に指定されている阿蘇神社ですが、これも大体地震で倒壊していました。

 

 

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何というか諸行無常でしたね。昔からあった景色や建物もひとたび大きな災害に襲われればあっという間にその形を失うものです。再建には多大な金額と時間が必要らしく、いつの日かまた阿蘇を象徴するこの神社が復活してくれることを願うばかりでした。

 

北部を一通り見て回ったので、南阿蘇地域へと向かいます。

阿蘇山に隔てられた二つの地域を繋ぐ道は大きく3つあり、左回りで川沿いの平坦な場所をを使うルート、阿蘇山を登りまっすぐ南下するルート、そして一度外輪山を登り山伝いに下りてくるルートがあるのですが、地震でそのうちの二つが使えなくなっており、南阿蘇に行くためには遠回りして外輪山を超えていくか、左回りルートの通行止め区間を農道や県道を介して抜けていくルートしかありませんでした。f:id:tengaokamoto:20180114161302p:plain

 

東回りは通勤の朝夕以外は時間によって通行規制が敷かれているらしく、確実に通れる外輪山ルートに向かうことに。

どうしようもない部分ですが今回の旅では自分の知識不足と災害の爪痕によって見ることのできなかった、訪れる事のできなかった場所がいくつもあり、絶対にリベンジしてやると誓った記憶があります。

 

 

 

そんなこんなで外輪山ルートを仕方なしに通ったわけですが、これが意外というかなんというか普通に景色がよかったんですよね。

ミルクロードのように一面に広がる草原というわけではないんですが、外輪山を登っていく途中がまた程よいワインディングで走っていてとても気持ちよかったです。

 

 

途中寄り道した農道がまためちゃくちゃ雰囲気が良くて、初めて訪れた場所なのにどこか懐かしいような、そんな場所にも出会うことができました。ちょうどこう、千と千尋の神隠しの様なそんな景色ですね。

 

旅をしているとときたまこういう景色に出会うことがあります。

初めて見る風景、なのにどこか懐かしく心の奥底で眠っていたようなそんな景色、そういうものとの出会いを求めて僕は旅をしているのかもしれません。

心のふるさとに帰ってきたというか、この場所で、この景色を見るために自分は今まで旅をしてきたんだと本気で思えるくらいの景色でした。

 

 

 

外輪山にも一応小規模ですが牧場もあり、青空の下で牛たちが延々と牧草を食んでいました。

牧歌的というか、やっぱりどこか日本離れしている景色が多いですね。

 

 

外輪山を登り終え、しばらく走って峠を越えると下り道に。南阿蘇の玄関口である高森町に入りました。僕がこの道を選んだもう一つの理由がここにあります。

僕は基本綺麗な景色を求めて旅をしているんですが、綺麗な景色にもいろいろ種類があって、さっきみたいなどこか懐かしい記憶を想起させる心象風景もあれば、誰もが息を呑むような圧倒的な自然が生み出す造形美など言い出せばキリがありませんが、その中で自分がとりわけ心を惹かれるのが幻想的な景色なんですね。

 

たとえば誰も見たことのないような深い森の奥に咲き誇る満開の花畑

たとえば夢の中にいるような、そんな風に錯覚してしまうほど妖しい霧雨の中で幽玄に咲く桜の大木

 

そんな異世界に迷いこんで、そのまま戻ってこれなくなるような景色が僕は見たいんです。そんな景色がここ高森町にあるのを知ったのは高校2年の時でした。

月日は経ち、やっとその景色をこの目に焼き付ける機会が訪れました。それがこの旅のもう一つの目的です。

神社ですね。上色見熊野座神社という神社がここ高森町にありまして、その神社に僕はずーっと行ってみたかったんです。

どんな神社なのかは写真を見てください。

こんな神社です。

僕の写真の技術が伴わずにただの一枚の絵にしかならないのが非常に残念です。

誰もいない参道を無数の灯篭が本殿まで続いていました。一歩、また一歩足を進めるごとに国道を走る車の音は遠ざかり、入れ違いに聴こえてくるのはセミの鳴き声と自分の足音だけ。

これこそが僕が探し求めていた幻想そのものなのです。ともすれば帰ってこられなくなりそうな心をわしづかみにする圧倒的な美しさと妖しさ。

死ぬならこういう所で死にたいと本気で思える場所でした。実際この場所で僕は幻想の中で立ち尽くして夢うつつの状態でした。こればっかりは訪れてみないとわからない物ですね。

外の世界と隔絶された空間の中での神秘的な風景は圧倒的な魔力で人を虜にします。

本当に行けばわかります。この幻想から戻りたくなくなりますから。

 

 

 

 さて、そんな幻想のひと時も名残惜しいですが、旅を続けます。

神社からすぐ近くにある月回り公園という広場で昼食を取りました。出発前に友人が暮れたカップラーメンがこんな形で役に立つとは思ってもみませんでした。

ちなみに二日目の食事はこれだけです。人間何かに没頭していると本当にそれ以外の事が頭から消え去るんですね。この一週間僕は目に映る景色がただただ美しい物ばかりで食事をすることがすべて消え失せていました。

景色さえ見てれば断食も苦にならないというのは我ながら便利な体だと思います。

 

食事を終えて南阿蘇へと降りていきます。

阿蘇のもう一つの特徴として、外輪山に囲まれている地形の影響か入道雲が頻繁に発生します。ちょうど僕が南阿蘇に入ったときに夕立が迫ってきていました。

 

雲間から差す光線の荘厳さたるやそれはもう言葉じゃ言い表せないくらい圧倒的でしたね。昔の人はこの景色を見て神様が降りてきたと例えたらしいですが、人知を超えた神秘的な風景を目の前で実際に見ると自分もそんなことを思ってしまいました。

こういう心を突き動かすようなダイナミックな景色も旅の醍醐味だと思います。

 

 

 

とはいえ夕立は夕立です。僕も阿蘇大自然の洗礼をしっかりと受けました。

いや雨粒がまあ痛いこと痛いこと。阿蘇は夕立も規模が違うんですね。

合羽にあたる水滴がバシバシ弾けてうるさいんですよ。バケツをひっくり返したような通り雨が10分ほど続きました。雨宿りをするのもめんどくさかったので目的地までずっと走っていたのですが甘かったです。おかげで熱く火照った体とエンジンが一気に冷まされました。

 

まあ雨上がりの空の蒼さを見られたのはよかったですが。

 

 

目的地の温泉です。阿蘇一帯は豊富な地下水源を蓄えており、また火山地帯ということもあって九州でも指折りの温泉の名所でもあります。旅では食費を鬼のように削る僕ですが温泉だけは結構入ってますね。まあ散々走った後の温泉はやっぱり気持ちいいですし、土地によってやっぱり温泉も違ったりするもんでそういう楽しみもあったりします。

温泉は景色を追い求めて疲れ切った体と心を癒してくれる、僕の旅においてオアシスの様なものです。

 

白水水源という水源の近くにある阿蘇白水温泉 瑠璃という所に来ました。

なんかトウモロコシが入り口にぶら下がってるのは昔のトウモロコシの栽培用のタネをこうやって作っていた名残だそうです。

中は結構広々として宿泊施設はもちろん土産物売り場や休憩室も充実したものになっていました。

温泉地帯は全国に数ありますが、とりわけここ阿蘇の温泉はとにかく安いんですよね。

じゃあ設備がしょぼいのかというと全然そんなことは無く、大浴場からサウナ、電気風呂や泡風呂など変わり種から定番の露天風呂までしっかりと楽しむことができました。

男のガソリンコカ・コーラという名言を僕に教えてくれた先輩がいます。

その先輩の言葉を聞いてから一層コーラが好きになりました。

 

 

さて温泉で汗と疲れを流した後は今日の宿泊野宿先へと向かいます。

この一日で一通り見れるだけの阿蘇の観光場所は廻ったので、一旦県をまたぎ宮崎は高千穂へと向かいます。高千穂峡行ってみたかったんですよね。

阿蘇からだいたい1時間半ほどでしょうか。そんなに遠くは無かったのですが、何分田舎道なもので電柱もなければ通る車もまばらという感じでした。

 

 

しかも高千穂に入った瞬間に

 

 

この謎のオブジェが出迎えてくれました。

まあここ日本神話の聖地なんで神話にちなんで像を置くのはわからないこともないですよ。

でも夜の真っ暗闇の中カブで始めて通る山道を一人走っていると、うっすらと暗闇に浮かぶ不気味な二体の像を見た時の僕の気持ちを考えてみてください。

めちゃくちゃ怖かったです。

 

 

不気味な神様の出迎えで高千穂に入り、今日の野宿場所の道の駅高千穂に到着しました。

 

 

 

 

高千穂町はこれ肝試しか何かやってるんですかね?

駐車場のほんとど真ん中に神様の顔面の像が不気味にライトアップされていました。

もう確信犯です。ああこれが神話の聖地なんだなあと深く心に刻み付けられました。

 

まあ本当に朝から晩まで衝撃の連続でした。綺麗な景色も意図がよくわからない謎の観光名所もいまだ深く残る地震の傷跡も何もかもが初めて見るものばかりでしたね。

ベンチに横たわって一日をふりかえろうとしましたが、夢の様な時間を思い出しているうちにあっという間に夢の中に落ちていきました。