野晒という程でもないですが、中規模の道の駅によくある軒下の横長ベンチで目を覚ますと、目の前に朝もやの阿蘇山が見えます。
屋根があって、壁がない寝床というのもそう考えれば悪くはなかった。過去を振り返った際の良き思い出と言っていいでしょう。
こうやって三年ぶりに写真を見返して、古い記憶を引きずり出す作業はふっと忘れていた記憶が蘇ってくるもので、それがまた当時の自身がいっそう、若くエネルギッシュであったと今の自分は認めざるを得ません。
私の旅先で経験したすべての事柄は、もはや撮りためてきた写真を自身が見かえして、それでやっと、当時の熱狂時代のほんの僅かな残り火を糧に、こうやって文章として書き記しています。
例えばこの写真、朝起きて半刻もたたない内に私は南阿蘇の道の駅、あそ望の里を出発していますが、バイクを走らせること30分、今度は阿蘇山の北側にある道の駅阿蘇に来ています。
そして謎に充電スポットを二か所撮影、私にはこの理由がすぐに理解できました。
充電しているのです、モバイルバッテリーを。
写真を通して過去の自分がとった行動の真意を読み解くのは、これがなかなかに面白いものです。
この旅行記の9日目にでてきたくまモンの像と全く同じ構図で写真を撮っています。
たしか9日目が草千里丸々雲の中状態だったのでそのリベンジに燃えているのでしょう。
写真のexif記録によると3時間ほどこの像を慈しみながら滞在していました、
充電も終えた事ですし、あとはちょっとだけ散策して帰りましょう。
道の駅阿蘇を出てまっすぐ直進15分…
初めて訪れたときは地震の影響でこの辺りまでしか通れませんでした。
所々にある黒い山肌は震災の影響による崩落の跡ですね、今だともう緑でおおわれているのでしょうか。
米塚、きれいな形をしていますが、一度も登ったことがありません。そういえばここも地震による崩落の影響があるとかで登るのが禁止されていましたね。これはいまだに規制が続いています。今後ずっとかもしれません
これは旧火口、草千里ですね。降水量によって左右の湖が大きくなったり小さくなったり、干上がったりします。これはそこそこ干上がってるほうかな?
草千里から阿蘇山火口に向かう道は私の走ってきた道の中でも逸品と言えます
このロープウェイはもう使われることがありません、地震による影響で支柱などに破損が生じ、再建コストが嵩むことから、ここの駐車場と山頂の駐車場を結ぶシャトルバスの運用に切り替わることになりました。
とはいえこうやって営業をしてくれるだけでもありがたいものですね。
現在は入山規制も解かれたのでこの時よりは賑わっていると思いますが。
壊れた神社
来た道を引き返しましょう、当時は道路崩落の影響で、南阿蘇に抜ける道が通行止めでした。
私としてははっきりと、米塚は秋のほうがきれいですね。金色の毬藻みたいな風合い、そのことに触れるまでこのブログが続けばいいのですが。
当時の私が撮った写真を見返して思うに、道中の写真をあまり撮ってないんですよね、名所で数多く撮影する割に、自分の写真や何気ない通り道の写真なども撮っていませんでした。
これはむしろ私がそういうものにさえ旅先での情緒を感じるようになったからなのかもしれません。
綺麗で夢中になれるものしか見えていなかったのは、紛うことなき若さたる所以ですね
。
阿蘇から最短で大分のフェリーに向かう場合、まっすぐ東に向かうべきですが、写真を見るに、当時の私はこう考えていたのでしょう。
おれ「うぉっ!この二週間にわたる長く短い旅路にケリをつけるため、この旅のきっかけになった一年前の旅をリフレインさせてあの頃を反芻しながら帰路に着くちや!」
という発想により、阿蘇からミルクロードを通って由布院を経由してそこからフェリーに乗ることにしました。
☝参考に当時の旅行記☝
という感じでしょうね、裏を返せば当時の私がこれ以上九州にいても見られる物はあまりないと判断したといえます。
今の私からすれば西日本の見どころなどまだまだ沢山あるのにそんな二週間ぽっちで満足しやがってと思わなくもないですが。
九重夢の釣り橋の駐車場から吊り橋を映しています。間違いなく当時の僕は500えんぽっちの入場料をケチって渡ろうとしませんでした。
本当はもうおなかいっぱいだったのかもしれませんね、頭の中はもう布団でぐっすり休むことでいっぱいだったことでしょう。
駐車場は無料でした
これは九重牧ノ戸峠、やまなみハイウェイ展望台付近ですね
本当はこの峠を越えて九重連山を眺められる場所まで行きたかったのですが、もう日が傾いています。
岩が転がっています、ぐるぐる
私はこの後に秋口の雲海時期にもここを訪れるのですが、
雲海の由布院、その雲にまっすぐ突っ込んでいき、視界がみるみる真っ白に、私の体が霧雨で濡れていく感覚をいまだに覚えています。そんなことも当時の私はつゆ知らず。これも旅行記で触れる日が来るといいのですが。
駆け込みで向かうはどんぐり共和国
自慢ではないのですが、私はスーパーカブ、VTRのキー両方に、スタジオジブリのトトロ、或いはカオナシのキーホルダーを付けており、
いかに昔から非日常の旅をこよなく愛しているかがわかるであろうこのエピソード
実はその裏に、どんぐり共和国の取り扱い商品が店と時期によって全く違い、一度逃すと手に入らないアイテムのため、こうやって旅先で見かけるたびに収集目的で立ち寄らざるを得ない、なんとも度し難いシステムになっているのです。
この時買った大中小トトロの3匹、体?そろったメタルキーホルダーはこの後の過酷な日本一周旅行中に、哀れ大トトロと小トトロがどこかに吹き飛んでしまいました。
おばちゃんのフリル、勘のいい方ならお判りでしょう。
そう地雷系ファッションはすでに2017年由布院にて目撃されていたのです。
くっ
帰宅の時間
これも見覚えがある風景ですね、大分県佐賀関近くにある砂浜です。
初めて私が九州に訪れ、そして帰りの船を待つ間、ここで夕日を見つめながら旅を振り返るのです。
いざ乗船
船を降りた私の行動はどうなったのでしょうか
写真は乗船後から一枚も残っておらず、非常に疲れていたのだろうと推察できます。
阿蘇駅でもらったタバコ、結局今はPEACEになってしまいました。また吸ってみたい味ですね。
4時間経過した後、愛媛県八幡浜の漁港ベンチで眠りにつくその際撮ったであろう写真
二週間の旅の記録を書き終えるのに4年もかかるとはどういう事でしょうか?
それほどに日々が忙しかったわけではありませんが、書く機材も気力もないほどには過去の自分を振り返ろうとはしませんでした。
それでは非常にもったいない、こうやって書いている物がそれなりに読み物として受け手の記憶に残ればそれはもう素晴らしいことです。
過去の私が体験した出来事に価値を与えるのは、今の私がするべき役目なのでしょう。
でなければ写真を撮って残そうなんてとてもとても…