西日本一周 その1
大学二年生の7月、いつも通りのモラトリアムな日常にすっかり慣れてきたころ、いつも通り大学に行きゼミでうだうだしていた時、ケータイをポチポチしていた僕に近づいてくるのはゼミの先生。
なぜかニヤニヤしながら近づいてくるのでケータイをしまい多少心構えを取って第一声を待っていると、その先生はニヤけた顔で開口一番にこう言い放ちました。
先生「夏休みに鹿児島で実習するからバイクで来てね」
僕「わかりました」
旅の始まりなんてこんなもんでいいんですよ。どこかしら感覚が麻痺してきているのはもうしょうがないもんだと思いました。
とりあえず行くのは確定したので謎に満ち溢れた実習の詳細を聞いてみると、8月の末に先生が熊本で学会の発表があるらしく、そのついでに僕と鹿児島出身の同じゼミ生の三人で鹿児島をぶらつこうじゃないかという話。実習の名を借りたただの観光にしか思えませんでした。
鹿児島出身のヤツは実家に帰省するタイミングで合流、先生は学会ついでに、僕だけバイクで高知から鹿児島まで行くのもおかしな話ですがそれでもいいんです。
どう考えても、面白いとしか思えなかったから。
ただ九州自体その時には二回ほどツーリングに行ってた事もあってただ最短距離で行くのもつまらないものだと思ったので、どうせなら岡山から全県回っていけばいいじゃないかという先生の悪魔のようなアドバイスを受けた結果西日本一周の旅に格上げされました。
無事鹿児島までたどり着けたら先生がごちそうをふるまってくれるとのこと。僕の先生は人をやる気にさせるのがとことん上手なのです。
ゼミのレポートをなんやかんやして無事に進級も決まりいよいよ出発。
とりあえずスタートの香川県から。何か微妙な天気の下フェリーで本州へと向かいます。
船の中で漫画を読むこと一時間、宇野港についたら一路岡山を突っ走ります。
なんなんでしょうねコイツは。こういう田舎特有の謎物体が僕はたまらなく好きなのです。
夏真っ盛りのクソ暑い国道をひた走り岡山の真ん中らへん、津山市で休憩を取りました。まあ特に何にもなかったですね。ここはB'zのボーカルの人が生まれた故郷らしく駅前にはポスターがでかでかと飾られていました。
津山市を超えてきたあたりから中国山地に差し掛かるとうだるような暑さも幾分かマシになりました。智頭町という小さな町で小休憩をば。
ここは何があるかというと、こじんまりとした古い町並みがあるだけです。田舎の観光地なんてそれでいいんですよ。こう、夏の一ページ的な感じでほどよく気分を高揚させてくれます。
のどかなノスタルジーに浸った後は県境を超えて鳥取に入ります。
鳥取砂丘が見たかったんで無料の高速道路に乗ってペースを上げつつ砂漠の地へと向かいました。実際のところ鳥取砂丘以外の観光地を思いつかなかったんですが。
着きました。何にもないですね、砂しかない。自分が最後に鳥取砂丘に来たのが10年ほど前でその時も似たような感想をつぶやいた気がします。
見渡す限りの砂丘に手綱を引かれて闊歩するラクダを眺めていると時折強い海風が吹き抜けてきました。
こういうとこで風が吹くと足元から砂が巻き上げられて全身砂まみれになることが分かりました。日本海のクセしてなかなかいい天気しやがってます。
砂漠らしくオアシスもあったりします。観光マップの説明によるとこのオアシスが意外と曲者で放置しておくとあっという間に砂丘を何の変哲もない緑の丘に変えてしまうとのこと。なのでボランティアを募って草むしりをしてこの砂の世界を保っているらしいです。観光資源を死守したい人間と豊富な雨水をほしいままに繁殖の限りを尽くす雑草との生存競争という訳ですね。
これ遠目で見ると砂丘って感じがしますが、実際登ろうとするとただの崖です。てっぺん付近は四つん這いにならないと登れないレベルで、何人か転げ落ちたりしてました。
やっぱりいいですね、こういう観光地然とした場所は人こそ多いものの、その分楽しめることがたくさんあります。
日本海に沈む夕焼けを眺めながら砂丘観光は終了。初日からなかなか天気に恵まれた一日でした。
ウキウキ気分でさっさと今日の宿に向かおうとしたところ変なおじさんに絡まれました。あまりにも話がクソ過ぎて刹那で海馬から消し去ったんですが、一時間弱延々と自分語りを聞かされてやっと解放されたころにはもうすっかり夜になってしまいました。たまにいるんですよねこういう自分語りおじさん。自分語りが悪いんじゃないんですよ。話がクソつまんないのが悪いんです。一円の得にもなりゃしないというのに延々と語り続けて、若者の貴重な旅の時間を奪わないでほしいです。
自分が年老いても過去の思い出に縋るような生き方はしたくないものですね。
クソジジイのおかげで大抵の飲食店が店じまいをしてしまった23時、国道沿いのマクドナルドでケータイとカメラを充電しつつ、100円のハンバーガーを口に詰め込んでいると北海道に旅行に行っている先輩から写真が送られてきました。
見ると北海道名物であるジンギスカンを囲んで満面の笑みでほほ笑んでいました。
改めて自分の食事を見比べてみると目の前には薄っぺらに潰れた哀れな代物が4つ。
まあそんなもんです。これも全部自分語りおじさんが悪いんです。クソが。
心は空腹のまま、夜の国道で煽り運転ヴェルファイアと公道バトルを繰り広げて辿りついたのは今日の宿、電車の駅です。
なんだか殺人事件でも起きそうな雰囲気の駅ですが、駅舎の看板を読むと作者の出身地だそうで。
暇つぶしがてら置いてあった単行本を読みながら一日目の夜はあっという間に更けていきました。