ホタルツーリング

 

春の陽気もすっかり夏の暑さに変わろうかという五月の末、大学生活も二年目に入りいい感じに入学当初抱いていた根拠のないやる気と情熱が消え失せた僕は相も変わらず緑のカブと青のVTRに跨ってあっちこっち彷徨っていました。

大学に対する情熱が冷めていくのに反比例して僕の旅に対する欲求はどんどん増すばかりです。

見たことのない景色を見るためだけに学業も人付き合いもほっぽり出して旅に出る自分に酔っていたころ、ちょうど当時の実習先である宿毛市の職員の方から「ここはもうすぐホタルのシーズンであちらこちらで蛍光色の光が飛び交い始める頃なんですよ」という言葉を耳にしました。

 

 

ホタル自体はそれまでもあちこち何度か見に行ったことがありましたが、いかんせんネットで有名になっている所はその分人も多く、蛍の光どころか観光客の手元で光る携帯ディスプレイが眩しくて風情もクソもあったものではありませんでした。

かといって人がいないような場所まで行こうと思うともうインディージョーンズばりの秘境へと足を踏み入れなければなりません。

 まあそれでも季節の風物詩であるホタルの光を観ない事には夏を迎える準備も整いません。何とか人のいないスポットを探して命の灯に目を輝かせていました。

そんな時に宿毛が実は隠れたホタルの名所だという事を聞いた僕はいてもたってもいられません。思い立ったが吉日、善は急げです。早速荷物を纏めて高知県の最西端、宿毛市に向けてバイクを走らせました。

 

いつものごとく午後の授業を自主休講してまず向かった先は道の駅宿毛サニーサイドパークです。

 

 

まあ何にもない道の駅ですが、海が近くにあるので夕日がきれいに見えるそうです。書くことがこれくらいしかない程度には本当に何にもありません。

まあ道の駅なんて屋根付きのベンチとウォシュレット付きのトイレがあればそれでいいんですけどね。

 

なぜか宿毛市の道の駅の一角に海を越えた熊本のキャラクターコーナーがありました。

おおかた向こうで不良在庫になった品物をここの職員が何かしらのツテで安く仕入れたってところでしょうかね。実際値段もキャラクター物にしては破格と呼べるものでついキーホルダーを買ってしまいました。

いや冷静に考えてみたら宿毛行ってきたお土産がくまモンのキーホルダーってのもなかなか奇妙なものですね。こういう妙なユルさも田舎特有のいい所かなあと思ったりもします。

 

 

 本当に何もない所ですがこうやって海の見えるラウンジでゆっくり過ごせるのは観光地化した道の駅にはないポイントだと思ったりしました。

 

潮風を浴びて一段落ついたところで、次の目的地へと向かいます。

 

 

知る人ぞ知るインスタ映えスポットの柏島です。

 

高知県の最も西の端っこに位置するこの島は近年その生態系の豊富さや、美しい海の自然が手つかずのまま残っていることから一躍観光スポットとしてその名が広まりつつあります。

強いて言えば辺境の地すぎてなかなか行くのに時間がかかるところが難点でしょうか。

本当に遠いんですよここ、まだ香川の実家に帰る方が近いレベルで遠いんです。少なくとも僕の住んでいる高知市からだとどんなに飛ばしても4時間はかかります。

まあだからこそこのご時世まで美しい自然が保たれたともいえるのでそう考えると複雑な気分ではありますが。

 

 

 

実際僕も日本全国あちこち見て回りましたが、沖縄以外で真っ白な砂浜に打ち寄せるエメラルドブルーの波に乗ってサンゴの欠片が運ばれてくる、なんて場所は少なくともここくらいのものでしょう。

僕も大学の実習や個人的なツーリングで何度も訪れたことがありますが、そのたびにため息が出るような美しい自然の風景に見とれてしまいます。

本当に景色がきれいでいいところですよ。景色はね。

 

 

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さて、美しい自然を堪能した後は今日の目的地である宿毛市に戻って一路ホタルが生息する場所へと向かいます。

 ネットで調べてもイマイチよくわからなかったので、実習のコネをフル活用して観光協会の職員さんに聞いたところダムの放流口付近がねらい目とのこと。ひとまずそこに向かってみました。

 

 まあまあな山奥まで分け入ったところでとりあえず川岸に降りられる場所を見つけたのでそこで待機することに。

日が暮れるとどこからともなく蛍光色の明かりがフワフワと辺りを漂い始めます。

だいたいこういうのって他にも観光客やらカメラマンやらいてもおかしくないのですが、この日はなぜか僕と近所に住んでいる散歩中のおじさん以外誰一人いませんでした。ロケーションとしてはこの上ない条件で、あとはホタルがどれだけ出てくるかだけでした。

正直この写真を撮っている時はまだそこまで期待はしてなかったというか、こんな市街地から車で30分ほどの場所に蛍なんてそんな出るわけないだろうと思っていました。

そんな僕の期待と不安をよそにいつしかすっかり夜の闇は辺りを包み込み、聴こえてくるのは川のせせらぎと自分の呼吸だけ。

 

Q.結局蛍は見れましたか?

 

 

 

 

 

 

 

A.ウジャウジャいました。

 

いやあんまりこういう言葉を使いたくはないのですが、ホントにウジャウジャどっから湧いてきたんだコイツらは?ってレベルで大量発生してました。

いや正直ナメてましたね。ネットにもそんな大々的に蛍の名所として出てないような場所がそんな飛んでいるわけないだろうと。

めちゃくちゃ飛んでました。少なくとも僕が20年間生きてきた中でここまでの数のホタルが生息している場所は他に見たことがありません。

この日は新月の二日ほど前で、月明かりもなく本来なら真っ暗のはずが、蛍の明かりで写真にガードレールやらなんやらがハッキリと写り込んでいます。それくらい大量にいました。もうここまで来ると明るいという言葉がふさわしいように思えてきます。

命の灯で紡がれる夜の舞踏会に我を忘れてシャッターを切り続けました。深い深い夜の闇に溶け込むように光る無数の輝きは例えるならまさに地上の星といった所でしょう。

 

 

 

地上の星どころか普通に夜空の星もめちゃくちゃ綺麗でした。

場所を移して下流の川沿いまで下ってきたのですが、もうずーっとホタルが飛び回ってるんですよ。地上も空も何もかもが光り輝いていました。

眩しかったです。

そこにあったのはちっぽけな無数の命の輝きとそれを見守る星々の煌めきだけです。

それは僕が今まで見てきたどんな夜の明かりよりも眩しい物でした。

眼球を貫くようなネオンの明かりよりも、無数に連なるバイパスの赤いテールランプよりも、無機質に夜の闇を暴き出す街灯よりもです。

水面を揺蕩い闇を彩り、夢の様な夜を奏でる光景はこの世で最も美しい光でした。

 

 

初めて見る景色にうっとりしていると、なにやら草むらでガサガサ音がします。

何だろうと思う間もなく現れたのは二つの虫かごと虫網を持ったおじいさんでした。

とりあえず何をしているのか聞いてみたところ、産卵用のメス蛍を集めているとのこと。オスは別のカゴに入れてしばらく眺めてからまた川に返すとのこと。

???

 

この人はいったい何を言っているんだろうと思ったのですが、普通に話をしていくと、ここら一帯のホタルを保護している人でした。めちゃくちゃすごい人でした。

暇だったので3時間くらい川辺でホタルを集め続けているおじいさんと話をしていました。聞くと40年前からここで一人でホタルを育て続けているそうで。

 

僕「なんでホタルを育てようと思ったのですか?」

おじいさん「ホタルが飛んでる景色が見たいからだよ」

僕「40年間一人でホタルを育て続けて嫌になったり疲れたりしなかったんですか?」

おじいさん「好きなことだから嫌だとか疲れたとか思ったことないね、やってて楽しいし」

 

ああ、かっこいいなあと。

誰のためでもなく、ただひたすらに自分の見たい景色のために40年もここで好きなことを続けてきたおじいさんが本当にかっこいいと思いました。

自分の好きなことでも人の評価を気にしては一喜一憂したり、誰かと比べてはねたんだりする自分がとてもちっぽけで恥ずかしくなりました。

人からちやほやされるためじゃなくて自分自身のためにとことん頑張ることのできる人じゃないと他人から評価されることは永久にないのかなあと思ったり。

 

おじいさんはホタルを40年間育てて続けていることに対して慈善事業だとかボランティアだとかそういった言葉は一言も使わずにただただ自分が楽しむための「趣味」だと言っていました。趣味じゃなきゃ、自分が楽しめなけりゃ40年間も続けられないよ。とほがらかに笑いながら語ってくれたのを今でもはっきり覚えています。

 

考えてみればごくごく当たり前のことですよね。綺麗な風景の写真を人に見せても、バイクの後ろに誰かをのせて旅に連れ出しても、自分自身が楽しいと思えなければいくら好きな趣味といえどもそりゃ嫌気がさすってもんです。そんな世間一般常識を僕はここでおじいさんに教えてもらうまで全く気づきませんでした。

ここでこのおじいさんに会うことがなければ僕は今でも自分の趣味に対しておざなりな扱いをしていたことでしょう。他人がどうであれ評価を気にせず自分の好きな事に打ち込むことの大切さを教わったことは一生忘れません。本当に素敵な夜を過ごせました。

 

 

 

 

水面で飛び回る灯りを眺めながらおじいさんは、いつまでもいつまでも、本当に楽しそうに笑いながら僕にホタルの話をしてくれました。

また来年も見に来てくれよ、とそう言っておじいさんが捕まえたホタルのカゴを開けると、僕とおじいさんのまわりを無数の輝きが包み込んでいきました。

それじゃあのと言っておじいさんが家に帰るのを見届けると、ホタルが驚かないようにエンジンをかけてそっと僕も街の灯りへ向けてバイクを走らせました。

 

 

 

 

 

願わくばいつまでもおじいさんの目にホタルの光が映り続けますように。

また来年も川辺でホタルを眺めながら話を聞かせてくださいね。