季節ごとの旅 その2

あっという間に夏を駆け抜けているうちに、気が付けば秋になっていました。

魂が燃え盛るような狂想的な夏で火照った人々の心をひんやりとした秋風が吹き抜けていくと、いまだ残暑冷めやらぬ日々の暮らしも次第に落ち着きを取り戻していきます。

 

僕の場合秋という季節を本格的に感じ出すのは彼岸の時期、彼岸花の咲き始めたころからです。

暑さ寒さも彼岸まで」というように、昼と夜の時間が同じになる彼岸の時期を境に長く暑かった夏の日々も、厳しく寒かった冬の暮らしも終わりを迎えます。

日本では「暑い時期も寒い時期も彼岸を過ぎれば和らいで過ごしやすくなるよ」という意味で古くから彼岸の時期を境に夏の暑さや、冬の寒さ、そしてそれに伴う悩みや苦しみに区切りをつけてきました。

僕の旅に対する考えや目的も彼岸の時期を境に入れ替わります。

 

長い冬を超え、いのちが芽吹き始める春分の日自然をたたえて、生物をいつくしむ日とされており、この時期から僕はまだ見たことのない物や景色を求めて、外へ外へ知らない世界へと飛び出していきます。

夏の盛りも過ぎ、多くの生き物が冬ごもりの支度を始める秋分の日は祖先を敬って、召された人たちをしのぶ日とされており、この時期を境に友達や家族、そして自分自身の事について考えながら旅に出るようになります。

 

とはいえ秋と言えば紅葉の時期です。まあまあ無理すれば野宿もできなくはありません。夏が過ぎて幾分感傷的な気分になりつつも、紅葉を求めて西へ東へ野山を駆け巡る旅に出ます。季節の風物詩の中でも紅葉は特に見られる時期が広いものです。今僕が住んでいる四国では十月中頃から石鎚山、剣山などの2000m近い山から紅葉が始まりそこからひと月ほどかけて平野部へと紅葉が進んでいきます。その間の一か月は険しい山々からのどかな里山、最後に手入れが行き届いた庭園へと秋から冬への移ろいを目で見て楽しむことができます。

赤や黄色など鮮やかに色づいた山々は大自然が厳しい冬を迎える準備であり、僕たちの心を潤した数多のいのちがくれる最後のお別れのプレゼントです。

あとこの時期は星がすごくきれいなので野宿ついでに星を眺めたりもします。

実際最も星空がよく見え、明るい星が多いのは冬なのですが、さすがに真冬の山にバイクで行くのは自殺行為なので秋の終わりごろ、11月半ばまでは星空を見に行ったりします。

 

 

秋が過ぎればいよいよ冬が訪れます。

 

景色という点に限って言えばぶっちゃけ冬はあんまり見るものないです。

大勢の人でにぎわっていた場所も、息をのむような美しい風景も、冬になればみんな消え去ってしまいます。

満開の桜並木は寂しい冬枯れの並木道に

大勢の人でにぎわっていた夏祭りの境内は人気もなく枯れ葉が舞い落ちるだけ

暖かな暖色で彩られた山々は色褪せた水彩画のように淡くわびしい景色になってしまいます。

 

そんな景色を見ると僕は昔の旅の記憶を思い出します。

 

 

 

よく晴れたうららかな春の午後、桜舞い散る中友達と走り回った桜並木

蒸し暑い夏祭りの夜、両親の手を引っ張って夜店の立ち並ぶ前を歩いた神社の境内

心地よい秋風が吹き抜ける中、初めて一人で行った紅葉が舞い散る山々

 

 

 

どれも今目の前には無い物です、でも確かにそこにはそれがありました。

そこになんにもなくなってしまったからこそ、そこになにかが在ったことを実感できるのだと思います。

 

僕は昔からもの覚えが悪く、せっかくの色とりどりの風景の中でいろんな人たちと過ごした楽しい思い出も、人や景色が移り変わるにつれて、日々の暮らしの中で薄れ、かすんで、ぼやけていってしまいます。

 

色褪せた景色を見て「昔はどんなだったかなあ」とその時ようやく思い出して、ほんのひと時だけ記憶の中での色鮮やかな想い出に浸ることができるのが、冬の旅の一番の醍醐味だと僕は思います。

 

 

 

 

 

 

冬の旅は新しい場所に行ってどうのこうのというよりは、これまで自分が訪れた思い出のある場所に行ってなんにもない冬の景色を見たり、お世話になった人に会いに行ったりします。

冬の旅はいわば一年間の旅を、今までの人生を一旦振り返るための旅ですね。

 

 

ずーっと前だけ向いて生きて行くのもなかなか疲れるもので、そんな時は立ち止まって一休みした方が絶対いいです。これまで歩いてきた足跡をたどって今までの自分を振り返ることで、自分の本質を思い出したり、いずれ来る新しい季節に向けて新たな目標ができたりします。

そうして春が来たらまた前を向いて新しい冒険へと旅立ちます。

 

 

季節ごとに自分がどこに行って何をしているか思い返してみるとまあどの季節でもたいていどこかしら旅してました。

ただその楽しみ方は季節によって様々で、同じ場所に行ったとしても季節が違えば見える景色もそれを見て何を感じるかも全く違います。

 

そういうものを全部ひっくるめて楽しめるようになるとなかなか人生面白く思えるんじゃないかなあと最近になってようやくそう思えるようになりました。

まあ必ずしもそれが楽な人生とは限りませんが、楽じゃないから楽しいのかなあと思ったりもします。

 

旅も人生もなんにせよ楽しんだもん勝ちです。これだけは季節がいくら過ぎようと、人や景色が消え去ろうと変わることのない不変の真理です。

なので僕は季節を、人生を楽しむためにこれからも旅をします。